Stage1 購入当初

パンヘットの頃に存在を知りショベルの酷評を耳にしながら、今度のエボリューションエンジンはオールアルミで油圧ラッシュアジャスターで傑作との話を偶然耳にした。この頃AMFから経営権もハーレー一族に戻り日本製部品の採用などで(この頃からDISKローターはサンスター!)大幅に品質を上げて、さらにはコストアップが逆に本国ではハーレー=ワルのイメージから貧乏悪人の手の届かないランクになったのか?ステータスも大きく上がったと聞いた。そして、ふとハーレーも良いかもしれないと思いつき、都内のディーラーを駆け回ったが、現在は1万台近辺の輸入台数もその頃は完全予約制で毎年5千台の輸入制限を政策的に設けていたらしく、来年MODELの受付は終わりました!なんて言われて、とにかく当時のハーレー新車は完全予約制だった。(それも半年程度前に!)しかたがなく中古を探して品川の陸友さんでやっと見つけたのが90年のFXRSーCコンバーチブル。このバイクはダイナローライダー系ラバーマウントエンジンに専用サドルバックと大型透明フェアリングが純正で装備されているライトツーリング風モデルで何故かフロントブレーキを掛けるとフォーク内のエア圧を高めるという先進のアンチノーズダイブが着いている。FXRSはハーレーダビットソン&マルボロマンでもベース車両になったのかな?




速攻でスーパートラップ2in1に交換。タイヤはエイボン ノーマルエンジンは37km/Lの好燃費も出せた。2度ほどグリスアップと共にホイールハブの寸詰めをした。*この頃のモデルは鉄パイプを左右のベアリングが挟んであり、磨耗に連れてこのパイプを微妙に削ってベアリングのガタを取るのである。


Stage2

シートだけは古川橋のサンダンスで5万円した。以後国内調達をやめ海外調達に方針絵を変更する。ハーレーはパーツが国内ではとにかく高く、バブルピークだった当時は芸能人が良く判りもしないのに何百マンも出してshopの言うがままに改造してもらうのを腹立たしく思っていた。この頃からインチ工具の調達と勉強でハーレーのために何度も渡米し、米国の雑誌HOT−BIKEを読み漁り勉強を開始。さらに、英文FAXの書き方を覚えたり、その頃流行り始めたビバリーヒルズ高校白書を無理して二ヶ国語で聞いたりして簡単英会話にトライした。結局10単語程度で意思の疎通は可能なことを発見した!?




当時は電子メールなどアテに出来ず、本国との時差の関係で夜中に起きては雑誌広告のSHOPにことごとく国際電話をしてからFAXして、自己紹介、日本まで送れるか?納期・コストは?(要は変なジャパニーズに付き合ってくれるか?)を調べまくり、ハワイ、西海岸、東海岸、ミルウオーキーの4ヶ所に調達の拠点を築くことが出来た。この過去のプロセスだけはSHOPで勧めれられるままに大金を吐き出す金持ちA様とは違うと思っている。以後ハワイまで送料無料で送ってもらい、激安パッケージツアーで取りに行き、ハンドリングで帰る(自己使用を証明できれば通関税も消費税も不要!)を15回以上繰り返している。しかし数年後には調達先の4ヶ所のうちの2箇所が潰れてしまい、ちょうどオーダー取り消しでリファンド(返金)前だった2千ドル程度を失っちゃった!もっともイタリアにアルファやドカの部品代を送金してそのままチャオ!(ドロン)された話は良く聞くけど。因みに赤いタンクはいきつけのハワイ・オアフの田舎町ワイパフのサウスシーズというSHOPのデッドストック品で$200ぐらいだった。




Stage3


アフターパーツブランドのRCCOMP、パフォーマンスマシーン、アレン・ネス、カスタムクロームを多用。(これらメーカーは日本だとモンキーの武川、スクーターのカメファク、デイトナあたりか?)カタログだけで電話帳10冊ぐらいある!ホイール、DISKローター、プーリーはデザインを揃えてRCCOMPのダガー、フォークはストーツ(セリアーニ)のHD43、リアはCONY(柔らかくてGOOD)



マフラーは$200ぐらいの直管爆裂でバンク角は右=殆んど無し



キャブはミクニTMRのUSミクニ版HSR42 振動で何度もブラケットが割れてその都度溶接。*溶接のたびにその部分が強くなるのは骨折と同じ!?エアークリーナーはK&N、ケースはクリアキンのハイパーチャージャーで、負圧で金色のバタフライがバタバタするのはマッスルV8のボンネット風でギミック!






軽快さと精悍さを意図したが、ロー&ワイルド感は他を圧倒するボリューム感で、止めて重厚、走っても意外に軽快でありながら超豪快! 完成まで何年も掛かったが、当時のどの雑誌のバイクにも似ていなかったと思うし、今思い出してもコレはコレでカッコ良いと思う。これで味をしめてハマル事になったが、以前から俳優の神保悟志氏(昼ドラや温泉に行こう!)と交遊があり、次のファットボーイ購入時にこのFXRSーCは彼が引き取った。彼はTVドラマの共演がきっかけで 元宝塚歌劇団娘役スター三沢礼子 (鮎ゆうき)さんと結婚。奥様もハーレーには理解があったようだが、結局最近売却された。